忘れ物

ネットをはじめ色々なメディアで注目されている人。Miss.Susan Boyle。
噂には聞いていたが実際に歌っている姿を見たことはなかった。

どんな方なんだろうと思って YouTube で探す。
日本語訳されている動画もあるのでそちらを見てみた。
http://www.youtube.com/watch?v=1t8m7CkpIK0&feature=related
これを見て感じたこと。

月並みな表現だが感動した。
歌う前、観衆と3人の審査員は冷たい視線を浴びせていた。
彼女は年齢を答えた後、少しおどけてみせる。審査員は露骨に顔をしかめる。そんなことには全くめげない Miss Susan 。正直で実にお茶目ではないか!。
いくつかのやりとりをした後、彼女は歌い出した。

聴衆は皆驚く。もちろん審査員も。会場では歓声が湧き上がる。
御本人には大変申し訳ないが、みんな期待をしていなかった。そのギャップもあったのだろう。
しかし彼女はそれを見事に裏切り立派に歌い上げた。
世の中、捨てたもんじゃないぞ!。

私はこの一連の映像を観ていて、不覚にも涙してしまった。
そして何度も何度も繰り返し観ては、同じく目頭を熱くした。
まさかこの私が泣くなんて…。

長い間感動すると言うことを忘れていたようだ。彼女の歌う姿はそれを思い出させてくれた。感動できたのだ。

決勝戦では惜しくも敗れてしまったようだが、そんなことはどうでも良い。
彼女の実力に変わりはないのだから。誰もが認めるだろう。

Miss Susan. これからもその歌声を多くの人々に聴かせてあげてください。
そしてあなたの歌を聴くことができたこと。感謝します。ありがとう
イギリスから遠く離れたアジアの小さな島国であなたを密かに応援しています。
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by donkeys-ear | 2009-05-31 21:29 | 心のヤミ

やる気が出ず

昨日から薬を減らした。今日も同じ量を維持。
直接の原因かはさておき、今日はいつも以上にやる気が出ない。
胃や胸のむかつきは楽になった気がする。まだ分かんないけど。

な〜んにもやる気がしないので内省もぜ〜んぜんできない。テレビ見ても面白くないし本など読む気もしない。
といいながらこうやってインターネットだけはやっている。これは依存症に近いんだろうなあ。
blog も今日の更新は止めようかなあと思ったのだが、今まで毎日何かしら書いてきた(やっと1週間を過ぎた程度だけど)ので、ここで絶やすのもなあと思い、今書いている。

もう今日はこれだけにしとこう。
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by donkeys-ear | 2009-05-31 00:03 | 心のヤミ

減薬してみた

昨日書いた胸のむかつきの件。
ジェイゾロフトを3錠から2錠へ減らしてみた。

心なしか症状が少し落ち着いたように思う。
今日はショッピングへ行ったのでそのせいかもしれない。あるいは否応なしに雑用をさせられたからか?。自宅の模様替えを手伝わされた。家具やテレビを動かしたり。意外と終わった後に爽快感のようなものを感じた。

今晩減らしたからといってすぐに変化が現れるわけではないので数日試してそれほど違和感がなければこのまま行こうと思う。

経験上、一週間もかからずに判断できるだろう。
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by donkeys-ear | 2009-05-29 23:46 | 課題

blog のタイトルを考える

以前も書いたけど「王様の…」は blog 名に使っている人が多い。
なので急遽「(仮)」と入れて運用している。でもいつまでも仮題でいるのもなあというのが実感。
色々考えているんだが「これは良さそう」と思ってググってみたら既にあったりする。

性格上、こういった事にこだわってしまう。内心「やめときゃ良いのに」とは思うんだけど、なかなかねぇ…。難しいですなあ。変えるってのは。

といいながら(書きながらか?)一つ思いついた。早速ググってみる。おぉ、ヒットしないぞ。
念のため他のサーチエンジンでも試す。おお、どれもなんにもヒットしない。素晴らしい!!。

ということで、これからこの blog タイトルは

王様の耳はロバの耳なのか?(仮)
      ↓
内省庵(ないせいあん)

と改めま〜す。

閲覧者、更に減っちゃうかも?。
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by donkeys-ear | 2009-05-28 22:34 | はじめにお読みください

なんとなく

今日は短めに書くことを意識。いつも長くなりすぎるからね。

なんとな〜く気付いたことがある。

近頃胸がむかついて仕方ない。
一応、毎食後胃薬を処方してもらって飲んでいるのだが、ここ1月くらいこんな感じである。
胃薬を飲んでもあまり変わらず。タバコの吸いすぎなのか?、カフェインの採りすぎなのか?。
タバコはこれといって減らしたりはしていない。ついつい吸ってしまう。ヘビースモーカーってほどではない。
カフェインの採りすぎ、これをちょっと気にしてなるべくノンカフェインの飲み物を飲むようにしてみた。でも、症状に変化なし。

ある日思った。この胸のむかつき、良く考えると夕方は比較的楽なことが多い気がする。
逆に寝る前がひどい。仕方ないので以前処方してもらった「アルロイドG」なる液体の胃薬を飲んでいる。
それで考えた。夕方から夜の間に原因となりうるものがあるだろうと。
心当たりがないか考えてみると、なんとなく一つ思い当たる節が。
私は夕食後、ジェイゾロフトを3錠服用している。75mg になるのかな。
ここじゃないだろうか?と思っているのだ。
ということで、今晩から50mg(2錠)に減らしてみようと思っていたのだが、ついついうっかり3錠飲んでしまった。飲んでから「あっ、今日から減らそうと思ってたんだ」と思い出す。
3錠から2錠へ減らして精神的に特段変化がなければ2錠で続けてみようと思っている。

精神科にかかりだしてから薬に興味が湧くようになった。それから自分で色々調べるようになった。
前主治医はその辺りを評価してくれて、処方されている薬に関しては自分で適宜調整しても良いと言ってくれていた。
ジェイゾロフトも4錠処方されていたんだが、途中から精神的にややハイになっているような気がして3錠へ減らし、それを主治医に報告したら正式に3錠となった。
実は近頃何となくハイになっているように感じる事がある。だから3錠では多いのかもしれない。
あっ、実際にハイになっているのかは良く解らない。多幸感など全くないし。自分でそう感じるだけの話し。いつもが低すぎるのかもしれぬ。

明日から2錠へ減らして様子を見ようと思う。場合によっては処方も減らしてもらおう。

いつもよりは短く書けただろうか。
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by donkeys-ear | 2009-05-28 22:20 | 課題

内省例

さあ、今日は何を書こう。

色々書きたい気もするし、何を書けば良いのか解らなくもある。要は整理できていない。

キーワードから色々と連想することが近頃多い。キーワードって書くと格好良いけど実際には何でも良くて、テレビ見たり本読んだりしているとき、ちょっと気になる言葉に出くわすとそこから色々と連想するだけ。止めどもなく連想が進むときも少なくない。それが自分に向かっていくと内省になる。
多くの場合は自分と結びつけるから、いつの間にか内省していることが多い。
人によっては妄想(病的ではないほう)だったり空想になるんだろう。

先日主治医と話題になったことがある。blog の意味。
これから書くのは私の意見。主治医は別の意見をお持ちかもしれない。

日々社会で生活していると、自然と相手から「こうして欲しい」とか「こうなって欲しい」と期待をかけられる事も多い。そういう私も相手に対し自然と期待する事はある。
期待されるとそれに応えたいと思うのは普通だと思う。できるかできないかは別。
期待すること・されることは互いに give and take の範疇だったら問題ないんだろう。
ところが強要する・強要されるように感じるケースもある。

私は No と言えない。情けないと思っている。でも、なかなか改められない。
無理してまでも相手の期待に応えようとする傾向が強い。
さすがに明らかに過剰な期待をかけられたときは「すみませんが応えられそうもない」と言うが、なんだかんだ言って「私が我慢すれば」と思ってしまうことも否めない。どこか自虐的。

日常生活をしていると、そういうことに陥りやすい。だから疲れてしまう。主治医は「過剰適応」といっていた。
ただ、どうしても対人関係ではそういう態度を取ってしまう。そこには何か根深い問題があると認識はしている。

インターネットの匿名性。ここがポイントだと思う。「非現実」な側面があること。
私がこの blog で色々な想いを吐露できるのは、匿名性をフルに利用しているから。
現実世界では息苦しさを感じているが、この匿名で非現実な世界で胸の内を明かし、少しでも楽になりたいという心理が働いているんだろう。
それは無意識のうちに「本当の私はこんな人間なんだ!」とわかって欲しい、共感して欲しいって気持ちが強いんだと思う。

実生活では概ね「良い人」と思われているようだ。でもね〜、自分では「偽善者」だと思っている。
ずるかったり冷酷だったり色々ある。天の邪鬼でもある。
異性に興味がないように振る舞っているけどそんなことは全くなく、本能のまま行動できない苛立ちの反動でそうなっているんだと思う。ひょっとすると変態かもしれない(半分冗談半分本気)。

理想は現実世界でうまくバランスを取って表現する。まあ、それができていれば私は病んでいなかっただろう。できないからこその現状。

この blog では No といえる自分を作り出したいと思っている。

さて、現実世界の知り合いにはこの blog、ヒミツにしている。
いずれは主治医にだけこっそり伝えようと思っている。先生の blog を読ませてもらってるし。
伝えたところで先生が来てくれるかはわからない。でも、伝えないと永遠にたどり着けないと思う。
やっぱり期待しているんだろうな。歌の文句じゃないが「わかって下さい」と。

と、blog というキーワードで内省してみたのだった。
話しが飛んでいる部分もあるが、自由な発想が重要だとか!。
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by donkeys-ear | 2009-05-27 21:04 | 心のヤミ

続・自分の病名について

では続きを書きますかな。

前回は初診で抗うつ剤を処方されたところまで書いた。
そして自分はうつ病だと思いこんでしまったところまで。

初診の翌日仕事へ行く。私、技術系の勤め人です。

もともと職場ではあまり信頼できる人がいなかった。20人くらいの課で信頼できる人は2、3人。自分で知らず知らずに壁を作っていたようにも思う。
昼休み、ある人から体調のことを訊かれたんだったと思う。その辺りは記憶が曖昧。
信頼していたから正直に「抗うつ剤が出た」と言った。その人にしか話をしなかった。
ところが数日後、別の人と話をしているとき「そういえば抑くんうつ病なんだって?」と言われる。私が話していない人の口から出てきたその言葉。一瞬身が凍り付く。
このショックといったら…。理解していただける方も多いのでは?。

信頼していたからこそ口にしたのに、こうも簡単にリークするとは…。
もうそれからは職場の人間、誰1人として信用できなくなった。
口にした私が迂闊だったと反省もした。でも、普通そういう事を第三者へ口にしますか?。
当人に悪気はなかったんだろう。「そういえば薬をもらったって言ってたよ」と言った感じで話したんだろう。ただね、胃が痛いとか腰が痛いってのとは本質的に違う。

この経験から、私は未だ職場の人をあまり信頼はしていない。しているようには見せている。実際には極々親しい人、本当にお世話になった人だけは事情を話したりもするけど、それでもあまり深い話にならないようにしている。そうでもしないと、いつまた同じ目に遭うかわからない。

それからは通院しながら仕事を続けていた。主治医は初診担当医が割り振るようで「次からは○○先生になります」と言われていた。
仕事といっても全然頭に入らない。だから自分でも何をやっているのか良く解らない。
一応割り振られた仕事はこなしたつもり。でも、色々とフォローはしてもらっていただろう。

翌年だったかな。あまりにも辛くなったので主治医にその旨を伝え、入院することとなった。
医師は初め自宅療養を勧めてくれた。ただ「自宅では休めそうもない」と話し入院が決定したんだったと思う。

今考えると、入院せずに自宅療養していた方が良かったのかもしれないとも思う。
その理由はまた改めて書こう。



話は飛ぶが、タイトルの「自分の病名」について触れていないのでここで書く。

公式的にはうつ状態となっている。事実「うつの状態」である。嘘ではない。
まあ、こうやって blog を書くほどまでには復活しているんだろうが…。いつまた落ちるとも限らない。波があるから。

私は通院2、3年目くらいまでは自分がうつ病だと思っていた。
ある時主治医から「うつ病ではない」と言われた。この意味が良く分からない。これについても嫌な目にあっている。今は書かないが。
「うつの状態」ではあるけれど「うつ病」とは呼べないということだった。
純粋なうつ病(変なの?)の場合、適切な治療を受ければそれほど長期化せずに回復するそうだ。
私の場合は長期化している。そして心理検査等もふまえた結果、純粋なうつ病ではなく性格的な面が深く関与しているという話だった。

なんかややこしいですね。これでは。喩えるならなんと言えば良いのだろうか。
元々そうなる素質を持っていた。偶発的に発症したのではなく、素質があったけどそれまでは発症しなかった。何かをきっかけに発症してしまった。っていえば良いのかな?。
要は原因が純粋に外部からなのか、または自分の中に知らず知らず原因を宿していたかの違いかな?。日本語って難しいですねぇ。

とはいえ、こんな事を言われてもやっぱりピンと来ない。ピンと来るようになったのはそれからまた数年後だ。

インターネットは便利である。ある時期、精神疾患について色々と調べた。
そしたら「うつっぽい」のは必ずしもうつ病が原因とは限らないということが理解できた。
調べ続けるうちに、自分で「これかもしれない」と思える言葉を発見した。
「人格障害」
私の症状から判断すると、一番しっくりくる。

それから主治医に問いただしたことが何度かある。「私は人格障害では?」と。「人格障害だったら何型になるんですか?」と付け加えて。10タイプくらいある。
主治医が変わるとそれとなく尋ねている。
未だはっきりとした回答をくれた医師はいない。今の主治医は言ってくれるかもしれないけど。
ある医師は「そうかもしれない。強いて言えば『特定不能』の人格障害かもしれない」。
他の医師は「そうは思わない」と言い切った。その時は大分安定していたからかもしれない。
また他の医師は「パーソナリティーの問題だと思います」という。私「人格障害ってことですよね?」と問うとはっきりとは言わない。繰り返し「パーソナリティーの問題」としか言わないのだ。
私の blog を読んでくれる方なら直ぐに解ると思う。Personality Disorder を直訳すると人格障害。
最近ではこの言葉だと語弊があるとかで名称変更するって話を耳にしている。が、本質的には変わらない。耳障りの問題だ。

関連病院で一度だけ診てもらった医師の意見、今でも記憶している。
その医師、主治医ではなかったが私の医療情報提供書にしっかり目を通してくれていたようだ。病棟責任者だったから当たり前なのかもしれんが。
ある日、ナースステーションへ用事があって入っていったらその先生がいた。用事を済ませその医師と一言二言会話。
「一体私の病気はなんでしょうねぇ?」と冗談めかして言ったのだ。「なんでしょうねぇ?」くらいが関の山だと思っていた。
思わぬ答えが返ってきた。「たぶん〜人格障害でしょう」と。
腑に落ちるとはこういうことを言うんだろう。
「うつ病じゃないといわれ続けたけど、いったい何なんだろう?」という疑問が晴れたように感じた。そのやりとりは時間にして10秒もなかったと思う。

最近では病名にこだわっても仕方ないと思っている。名が付いたからって病気が治るわけではない。そして精神医学は仮説で成り立っている面がとても多い。だからそんなことに必死になってこだわるより、どうしたら良くなるかを考えた方がよっぽど意義があるだろう。
とはいいながら、問いただした私の心理は性格からなんだろうと思う。白黒はっきりしないと気が済まないところがある。
そういうところも病気と深く関わっているんだとも感じている。

ということで、自分自身では人格障害だろうと思っている。「たぶん〜」ではあるが。
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by donkeys-ear | 2009-05-26 21:36 | 心のヤミ

自分の病名について

昼真っから blog を書いている。
休職中の我が身、時間は沢山ある。お金はないけど。

休職していることは大変申し訳なく思っている。
職場の人たちは勿論だけど、今の世の中、働きたくても働けない人が沢山居られる。家族や家のローンを抱えている方にとって文字通り死活問題。自ら命を絶ってしまう方も増えている。そういう方達に対しても本当に申し訳なく感じている。
その為にも早く回復して世の中に恩返しできたらと考えている。

自分の病名について。これははっきりとは解っていない。
主治医に尋ねてもはぐらかされてしまう。今の主治医ならサラっと教えてくれるかもしれない。

生まれて初めて精神科を受診したのは20代前半だった。正直自分には全く関わりのない世界だとばかり思っていたので少なからず偏見があった。「おいらの心はそんなに弱くない」と。
本当は精神科でなく心療内科を受診したかった。せめてもの抵抗だったんだろう。
ところが当時、今ほど精神医療へ人々の関心は向けられてなかった。だから心療内科やメンタルクリニックも目立たないことが多く、探し出せなかった。探そうと思えばできたのかもしれない。でも、その気力さえなかった。単科の精神病院など先にも書いたとおり偏見があったからとてもじゃないが行けない。迷ったあげく総合病院へ出向き、案内所で相談したところ精神科受診を勧められた。

初めての精神科。今となってはあまり記憶にない。でも、もの凄く不安だったと思う。
振り返って考えてみれば大きく分けて二つあったと想像する。
一つは「アナタは病気じゃありません」と言われた場合。「アンタまだ子供だねぇ。世の中そんなに甘くはないんだよ」。単なる甘えであり逃げだったことになる。
もう一つ「アナタは病気ですね」と言われた場合。上と正反対の時。オーバーに言えば「十字架を背負う」こと。果てしなく続くのかと。
まあ、多くの病気は治る。治らなくとも改善はする。適切な治療を受ければ。
しかし当時の私はそんなことすら考えられなかった。精神疾患は長期化することも多いのは知っていたし。

病院へ行った時間が遅かったので、呼ばれたのは一番最後。人が沢山いた待合室に私、年頃の娘さんとそのご両親らしき方の4人だけ。年頃の可愛いお嬢さん。「いったいどうしてしまったんだろう?」などと考えてしまった。余裕がないはずなのに…。そうやって気を紛らわしていたのかもしれない。
ちなみに大きな病院なので医師は複数いる。毎日だいたい3人くらいで外来をやっていたかな。でも、他の先生は外来を終わっていた。初診担当は決まっている。
そしてその親子らしき3人が呼ばれて診察を受け、診察室から出てこられた。しばしの間をおいて私が呼ばれた。

何を話したか記憶にない。なんか必死に辛さを訴えていたような気がする。気分が落ち込むと。
実は元々自覚がなかった。病識がないってやつ。
病気とは思っていなかったが症状は認識していた。「なんかおかしいけどこれは何なんだろう?」と思っていたわけ。たまたま本を読んだらうつのことが書いてあって、あまりにも合致するので自分で驚いたくらい。「ひょっとしておいらはうつ病なのか?」。それがきっかけ。

初診で見てくれた医師は病名を告げなかった。薬は抗うつ薬を処方された。
この時点で私はうつ病だと思いこんだ。抗うつ薬を出されれば普通そう考えると思う。
まあ、後々になって知ったんだが一回や二回で病名を付けることはしないそうだ。一定期間経ってもその症状が変わらなければそこで診断名がつくとどこかで聞いたか読んだかした。患者さんに対して。
初診でも健康保険上(書類上)とりあえず病名を付けることはある。カリの病名(仮病じゃないよ)として。

余談だが、個人的に思うこととして医者に診てもらったら「うつ病と言われた」という話をネット上で見掛ける。それが初診での話だったら問題ありだと思う。
というのは上にも書いたが慎重な医師であれば即病名を付けることはしない。病気にもよるけど…。
よほどのセンスの持ち主だったら可能かもしれない。或いはその反対。ヤブ医者。診断基準に該当するからこの病気と半ば自動的に決められてしまう。あながち間違いではないのだろうが、実際にはもっと深い部分に潜んでいるモノがあることも少なくないと患者仲間を見ていて思う。
なんだろう。多くの場合は「うつ病『かもしれない?』」と告げられるんじゃないだろうか?。
いきなり診断名を確定してしまう医師がいたら、それは疑ってかかるのが吉だと思う。
なんでこんな事を書くかというと「自称うつ」がやたら目に付く。自分でそう思いたいのなら構わないけど、それで被害を被る人もいる。だから結構厄介なのだ。
お節介は承知の上、参考になればと思って書いた。
ちなみに私は「うつ状態」であって「うつ病」ではないと診断されている。ただ、自分では他の疾患名を想像している。それについては後々触れていくつもり。

もともと早合点の私は自分がうつ病だとそこで思いこんでしまった。
そう、診断名は告げられていないのだ。「心が晴れやかになるお薬を処方しましょう」と言われたくらい。
自分で自分にラベリングをしていた。認知行動療法をご存知の方ならピンと来るのではないだろうか。


ここまで書いておいてナンだけど、今までの傾向として一度の書き込みが長文になってしまう。だからもし読んでいる方がいたら結構堪えるかもしれない。
と言うことで、続きはまた後ほどにしよう。
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by donkeys-ear | 2009-05-26 15:17 | 心のヤミ

マジックにかかる

昨日は頭痛がしていたが、それ以外にも全身倦怠感があった。
だるさ+肺の辺りが若干痛い。なんだか良く解らなかったが、私は肩こり持ちでひどくなると頭はガンガン、目の奥は鈍痛、最悪歯まで痛くなってしまう。肺そのものではなくその周囲の筋肉からの痛みのように感じたのでいつも携行している薬を飲んだ。そうしたら痛みは大分楽に。多分肩こりに類する症状だったのだろう。タバコの本数減らさないとダメかと思ったが大丈夫そうだ。
だるさについては今日も引き続きあった。「ファイトぉー、いっぱぁ〜つ」でお馴染みの某ドリンク剤でも飲もうかと思ったけど、あまり気が進まずやめた。
今日は外来受診日である。なので続くようなら相談しようと思っていた。

診察。いつもは不思議なことに自然と「今日はこんなコトを話そう」とか思うことが多い。しかし今日は不調である。何を話そうかと考えても纏まらない。思考抑制・判断力の低下が関係しているのは明白だろう。とはいえ「何も話すことがないんです…」とも言えないから主治医の blog を読んで思ったこと、自分の blog を始めたこと、そしてその内容などを話そうかなあなどと考えていた。
順番がやってきたので診察室へ入る。笑顔で迎えてくれた。

「先生、blog にこんな事書いてありましたけど大丈夫ですか?」などと話し、先生も大変だなどと内心思う。すると「抑さんはどうなの?」との問いが。私が患者なんだから当たり前だけど。それで「良くないんです」と応えた。
とあるイベントでちょっとしたお手伝いをして疲れたのを引きずってること、自分で blog を作ったことを続けて話す。
お手伝いについて。それは滞りなく終わったので問題はなかった。ただ、自分の中で「これで良かったのかなあ?」という疑念がわき起こり、なんとか消化しようとしていた。そして無事消化したつもりでいた。でも、やっぱりどこか引っかかるところがあったんだろう。だからその疲れが出ているのかもしれないと報告。
blog の件。こちらは開設したものの閲覧してくださった方が少ないので落胆していると話す。
まあ、作ったばかり、もっと言ってしまえば私の独り言を勝手気ままに書いているだけだから「見てもらうために書いている」という意識はないつもりだった。だが実際にはどこかで期待していたようだ。そこに自分自身に対しても本音と建て前が交錯しているんだろうなあと感じている。これも話すと「それはあるだろうね。でも、始めたばっかりだし当たり前だよ」と。少し気が楽になった。
ついでに先日髪を切りに行った時の一件も話す。ちなみに詳しい内容は別項「先日」に書いてある。http://donkeysear.exblog.jp/11033356/

改めて考えると医師に今まで伝えていなかったことがある。
「醜形(しゅうけい)恐怖」と「自己臭恐怖」。
主治医は「何でそんな大事なことを今まで話さなかったの?」と尋ねてきた。うーん、なんだろう。思っていても言えなかったし他の話題で時間切れになってしまった面もある。
自己臭については大分前(3代前)の主治医に話したような気もするけど…。どうだったかなあ。

主治医曰く「この二つだけでも凄く大変でしょ?。だから人前に出るのは凄く気を遣うでしょ?」と。Yes it is. である。
この二つの恐怖症、きっかけを尋ねられた。私「それが良く解らないんです」。
自己臭については元々汗っかきなので「多分汗くさいだろうなあ」と感じてはいた。それと、同じく汗っかきの人に言われたこともあった。なのでこれがきっかけに当たるのかもしれない。
醜形について。これは全く解らない。物心付いたとき、既に「自分は不細工である」と認識していたから。一時は整形手術を考えたくらいだ。さすがにそこまでは思わなくなったけど。でも基本は変わっていない。誰がなんと言おうと私は不細工だと思っている。
だからいくら外見を繕ってもダメ。私の心が初めから受け入れる余地を持っていないのだから。
この2大コンプレックス(まだ他にある気もするが???)によって対人関係へ支障を来しているのは紛う方なき事実であることを再確認。これじゃあ異性に対して強くアピールできるわけがない。
他にもいくつか新たな発見があった。まだ自分で整理が付いてないので機会を改めて書こうと思う。

それにしても今の主治医。本当にスゴイ。もう他の表現が思い浮かばないくらいスゴイのである。
そうだなあ、月曜日 20:40 前後の状態だ。えっ?何それ?。あ〜、遠回しすぎたカナ。水戸黄門の印籠を突きつけられたくらい驚いてしまう。
これはもうマジックだ。

今までにも「できるナ」と思った精神科医は数人いる。
一人は長い間主治医をしてもらっていた人。一言で表すなら知性派。人気のある先生で、診察時間がいつも短かったのが難点。呼ばれて入ると既に処方箋を書き出しているくらいであった。
一人はその次の主治医。こちらはパッと見怖いと言っていた人もいた。でも話をするとこれまた知性派。この先生は薬を必要最低限にしか出したがらない人で、とある薬を終了するきっかけを作ってくれた人。それほど特別な薬ではなかったけれど「もう必要ないんじゃありませんか?」と言ってくれてそれ以来飲んでいない。
もう一人、この先生は関連病院へ入院したときに一回だけ診察してもらった。違う、もう一回、退院後数年してから一度だけ診てもらった。なんだ、喩えるならば奇抜な先生。まず出で立ちからして奇抜。あんまり詳しく書くと私の身元がばれそうだからここまで。
そして今回の主治医。人情派とでも言えようか。勿論知性もお持ちである。ただ、あまりそれをお出しにならないように見受けられる。遙か以前に看護婦さんが言っていた「医者らしくない医者」と。

この先生、色々とご苦労されている方。それを知ったのはここ1、2年。先生、無理しないでね。
それだけに患者の気持ちを理解してくれる。
多くの精神科医は「頭で理解」する。知識としての理解。今の主治医はそれプラス「ココロで理解」も示してくれる。まあ、幻覚を心で理解してくれるかは…。どちらにせよ、了解の幅は広いんじゃないのかな?。
これが患者にとってこの上なくありがたい。だからこそ「この先生以外はダメ」という患者さんがおられるんだろう。私もその一人になりそうだ。

主治医と話をして大分スッキリした。次の外来までにもう少し内省を深めようと思う。


センセ〜イ、もう少ししたら blog の URL をお知らせしま〜す。

イカン、軽躁傾向かもしれん。
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by donkeys-ear | 2009-05-25 22:51 | 心のヤミ

ブログタイトル

いちいち書かんでも良いのかも?と思いながら、ついついそうせずにはいられないので書きます。

この blog のタイトル「王様の耳はロバの耳なのか?」で始めました。
ところが、似たタイトルを付けている方が思いの外多いこと多いこと。
ということで、急遽「王様の耳はロバの耳なのか?(仮)」として、新たな blog の名前を考えております。
まあ、似たようなタイトルを使ってれば、間違ってこられた方をゲットできるかもしれませんけどね(笑)。
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by donkeys-ear | 2009-05-25 20:44 | はじめにお読みください