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嬉しいけれど

夕方、趣味仲間から電話を頂いた。




 仲間とはいえ人生の大先輩からの電話である。
ある集まりへ参加しないか?とのお誘いであった。

 ワタクシが精神を病んでいることをご存知の方でもある。お会いしたり電話でお話していると、はっきりと口にはしないものの、心配してくれている事を感じる。
 そんなこともあって「自宅にばかりいるのではなく、出かけて気晴らしでもした方が良いのでは?」との提案をいただいた。

 お気持ちはとてもありがたい。気にかけてくれている人が居ると思うだけでとても嬉しい。しかし、今のワタクシにはその提案を受け入れるのも容易なことではない。

 過去、気分転換と娯楽を兼ねて外出した事がある。その時、現地で「来るべきではなかった」と思った。楽しむどころではなかった。孤立感や罪悪感を感じた。転地療法に失敗したのである。
今のワタクシは孤立感が慢性化しつつある。この状態で出かけても、何ら楽しめず、むしろ「何をしにきたのだろう?」と感じてしまうように思うのである。
 今回はもっと悲惨な結果になりそうだと思ってしまうのである。

 なぜ転地療法に失敗したか?。それは何か期待していたのだろうと思う。そんなつもりは全くなかったつもりであったが、無意識のうちに何かへ期待を寄せてしまったのだと思う。ところが世の中はそんなに甘くない。期待した通りではなかったのだろう。であるから「来るべきではなかった」と感じたのだと思う。無理をおしての参加でもあったので、よりいっそう失敗感が強かったのだと思う。

 今回も「以前の二の舞になるのではないか?」と思っている。しかし、行ってみたい気もする。
それでいて「遊んでいる場合ではない」とも思う。
自分でも良く解らない。これが本心である。
by donkeys-ear | 2010-10-25 00:12 | 心のヤミ