性懲りもなく

またこんな時間に書いている。




 外では新聞屋さんがバイクで走り回っている。世の中の多くの方は既に夢の中であろう。

 本日は外来であった。少々想定外な事もあって、病院到着が遅くなってしまった。
外来の予約時間は午後であった。昼食を済ませ直ぐ出かけてデイケアで呼ばれるのを待つつもりでいたのだが、シャワーを浴びねばならないし、昼食もまだ準備できていないのである。昼食が準備できるまでの間、シャワーを浴びれば良かったのだが、それがまた諸般の事情でできず、結局遅めの昼食後直ぐにシャワーを浴び、直後自宅を出たのであった。が、予約時間ギリギリくらいの到着であった。

 デイケアへ行くと看護師さん達がいない。しかし誰かしらいるはずである。声をかけたら先生が出てこられた。「あれ、何で先生が?」といった感じであったが、ピンチヒッターでこられていたようだ。そういえば、以前もこの先生が来られていたけど、なんとなく気の毒に思った。これも病院の都合なんだろう。ワタクシにはどうしようもない。

 その先生に「これから○○先生の予約が入っているんですが、受付はこちらで大丈夫ですか?。それとも外来へ直接行った方が良いですか?」と尋ねたところ、先生も慣れておられないこともあって「直接外来で受付をして、こちらで待つと伝えてもらえれば」と仰っていた。この時点で今日はデイケアへ参加せずに終わるなと確信した。

 外来受付へ直接行く。もう予約時間を過ぎてしまった。先生、ごめんなさい。
先ほど先生と話をした内容をそっくりそのまま伝えた。そして「このままここで待っていた方が良いですよね?」と尋ねると「そうですね、それほど時間はかからないと思います」との話しであった。一人二人で呼ばれるだろうとの事。この暑い中、移動は最低限に済ませたい物である。
 必然的に外来待合室で順番待ちをすることになった。ものの数分経った頃だろうか?。ある知り合いの患者さんが現れた。その人と話しをしている内にワタクシの順番がやってきた。「抑さ〜ん」と呼ばれたのである。ありゃ、想像以上に早いではないか!。

 診察室に入るもなぜか雑談から入ってしまった。というのはあるモノがワタクシの目に入ったのである。それはワタクシが今とても気になっているモノである。「先生、使ってるんですか?」と。これまた想定外だったのだが、話しが盛り上がった。しかしさすがはプロである。「体調はどうなの?」と尋ねられ、近頃昼間眠いこと、両親の会話は喧嘩に至るケースが多く、その時耳の聞こえにくさが酷くなったり、足の痺れが増すことなどを話した。先生曰く「特徴的だねぇ」。
確かにそうである。明らかに聞きたくないシチュエーションの時、耳は聞こえづらくなるのである。無意識に「聞いちゃダメ」と判断するのだろう。身体化である。

 それから日中の眠気であるが「もう、この薬はもう要らないかなあ?」との話しになった。副作用で眠くなる薬であると同時に、唯一の抗うつ剤である。一応、うつ状態で通院しているのでゼロにするのは少々怖いが、減らすのはさほど気にならなかった。よって「とりあえず減量ですね?」、「じゃあ、1錠減らしてみようか?」、「先生、まだ自宅に(1週間分)在庫があります」、「じゃあ、出さなくてもイイね」、「はい。とりあえず1錠減らして飲めば良いですよね」、「そうだね」ということになった。さらに足の痺れなど酷くて辛い時に安定剤を本来1錠飲むところを2錠飲んでいることを話した。毎食後1錠の処方である。基本的に守っている。
で、先生に「2錠飲んでもイイですか?」、「眠くならない?」、「今のところ(2錠飲んだ事が原因で)眠くなったことはないんですよ」、「まあ、1錠でその倍以上の量のモノもあるし、試してみてイイよ」との話しになった。大きな声では言えないが、こちらも在庫があるのである。1週間分以上。

 なぜそうなったのかは簡単で、だいぶ前になるが昼まで寝ていたので朝、薬を飲んでいなかったのである。飲まなければ貯まる。塵も積もれば山となるである。

 毎回2錠飲むかは別として、きつい時にはそうしてみようと思う。ある意味、頓服的服用である。
安易に増量すると依存や耐性ができてしまう場合がある。まあ、ワタクシはそういった経験がほとんど無い。
 人によりどんどん増量してしまう話を聞く。とある薬は患者さんに人気があるが、それって依存だろうと思う。業界ではその意味でも有名だと思うものの、結構簡単に出してしまう医師もいるようで「それじゃダメなんじゃないの?」と思ったりもした。
 言っておくが、あの悪名高き塩酸メチルフェニデイトではない。それよりもっとライトな薬であるが、依存傾向が強い薬もあるのだ。安定剤(や眠剤)にこの傾向は強いように思う。

 尤も、依存してしまう人はその薬を飲む行為に安心するようで、プラセボでも効くんじゃないかと思う。当然、本人に偽薬であることを伝えたら意味はない。
というのも、薬局・薬店で販売している寝付きを改善する薬を飲んだら、眠くなるどころか元気になったと言う人がいた。
 その薬の背景を調べると、いわゆる睡眠薬、睡眠導入薬とは作用機序が全く異なると聞いて(読んでが正しい)これまた驚いた。
 効かないと言っているわけではない。しかし精神科でそれなりの薬物を処方されている人なら大して効果を望めないと思う。ところがそれを飲んで心が落ち着くというのが先ほどの方の話しである。ワタクシには解せない。少なくとも薬理上は。であるから飲んだという現実がその人にとって重要なんだろうなあと感じたのである。であれば、プラセボで充分だと思う。デンプンなら毒にはならんだろうし。

 話がそれたので戻そう。
ワタクシは今のところ薬物依存はないと思っている(自覚がないだけかもしれない)。どちらかと言えば薬が増えることに抵抗を感じる人間である。

 ああ、それた話の内容。ワタクシが勝手に思っているだけで、医師(や薬剤師)と話した事もない。つまり今日の話題に上っていない。加えて、本当にワタクシの言っていることが正しいのかの裏付けはない。

 本日の外来はなんだか不思議な感じであった。お互いに笑っていたように思う。ワタクシの得意分野で相談されたし。これって、先生がワタクシのことを信頼してくれていると解釈して良いのだろうか?。
 一応、外来終了後デイケアへ顔を出した。「帰った方が良いですか?」と尋ねたところ「時間までゆっくり過ごしてイイですよ」と仰ってくれた。精神科外来がなければ話しは変わるだろうが、今回は厚意に甘えさせていただいた。と言っても、ものの15分か20分くらいだろうか。

 帰宅後、また母の指令により買い物へ連行された。アッシー君(これもまた死語だなあ)みたいなもんである。で、店に行ってあーでもないこーでもないと話しをし(ワタクシも嫌いではないので)、一度帰って状況確認となった。買っても置けなければ意味がないのである。

 帰宅後父がこの話しに割り込んできた。今回は特に文句を言うでもなく、面白がっているようにも見えた。興味を惹いたんだろう。だったら父と母で見に行けば良いようにも思うのだが。

 どうでもいいけど、何でもかんでもワタクシに相談されても困ってしまう。
ワタクシは自分で決めなければならないこと、取り組まねばならないことが山のようにある。仕事に戻るためにもそれは必要なのである。ワタクシに相談を持ちかけられても何ができるというのだ。と、内心思いながら対処してしまうのが、幸か不幸かワタクシなのである。これもワタクシのアイデンティティなんだろうか?。

 気付いたら草木も眠る丑三つ時ではないか。もう寝ないと本当にまずい。
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by donkeys-ear | 2010-07-27 03:20 | 心のヤミ