呼び出し

昨日(もう一昨日だ)、職場から呼び出し要請があった。




 書類を受け取るだけであったのだが、それだけで「さようなら」と済ませられるはずもなく、上司と相談などもした。でも、今の上司は理解してくれているから苦ではない。とはいえ、職場へ行くとなると身構えてしまうのも事実である。職場での話しは敢えて書かない。

 午前中職場へ行ったので、午後からデイケアへ行く。間抜けなことに薬を自宅に置き忘れていたため一度帰宅し、また病院へ行った。こういったところでは超自我の働きが弱いようである。事前にチェックしておけば済むのに。

 デイケアでは担当看護師さんと面接。この一週間で色々なことが起こったと話し、本日の職場の話しもした。頭の中がゴチャゴチャになりつつあったが少し整理がついたように思う。

 帰りがけ、デイケア参加者の一人から「話しをしたいと思っているんですよ!」と言われた。
残念ながら本日はその時間がないため、また改めて機会を設けることとしたのだが、基本的にワタクシが関与すべき事ではないようにも思う。と言うのも、彼の相談内容はだいたい想像がついている。
 彼ともう一人の彼の関係が少しギクシャクしているようなのだ。で、もう一人の彼からは以前話を聞いた。で、その時に「ワタクシはこう思うけどねえ」と伝えたのだった。例の「距離を置くことも必要では?」の彼である。
 どうやら、その時の彼が、本日の彼へ「この話をするのは抑さんが適任だ」と言ったらしい。本当かどうかは未確認。
 お〜い、ちょっと待って〜。いや、そりゃ話しを聞くのは良いけれど、基本的にワタクシが間に入ってどうにかなる問題なのだろうか?。「当事者同士で話しをするのが本来の姿ではなかろうか?」というのが本音。
これについてまた担当看護師さんと相談する必要があるとも思う。「ワタクシが間に入って良いものか?」と。

 個人的には民事不介入と同列で、当事者間でどうぞと思うのだが。でもなあ、片方だけ話を聞いちゃったしなあ。両者の意見も聞いてみたいし…。
まあ、第三者として話を聞き、(最初の彼が)どうのこうのと言っていたというのは引き合いに出さず、ワタクシの思ったことを言うだけで良いのなら構わないとも思う。或いは3人で話しをするのなら解らないでもない。つまり橋渡しである。これが一番良い方法と思う。

 大前提として、ワタクシは常にニュートラルでありたいのだ。どちらの味方でも敵でもない。私は私、あなたはあなたである。ワタクシはワタクシに素直に生きていきたいのだ。誰かに阿たりするのは卒業したいのである。

 でも、それでは彼の気が納まらないような気もするのである。
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by donkeys-ear | 2010-06-12 01:04 | 心のヤミ